2015年6月28日日曜日

語学研修が終わります!タボラへ行きます。

(Eng.ver is below)
Ninamshukuru Mungu. Sasa tuko karibu na mwisho ya masomo ya Kiswahili katika DSM. Tutaondoka jumapili ijayo kwa Tabora. Asante sana!

今週で、無事に3か月のスワヒリ語の勉強期間が終わりました。7月に、今居る都市部から、赴任地であるタボラ州に向かい、約3年間そこで仕事をする予定です。ここまでは勉強も家族も守られたことに感謝します。滞在中に、スワヒリ語の先生達、救世軍のリーダーの方、看護師さんをはじめ、日本人の国際協力関係の皆さん、眼科支援の医療団の皆さん、また病院で働く方と出会えたことを感謝します。


とはいえ最近はかなり落ち込んでいました。(以下長いです。すみません)
近くの公立病院に医療スワヒリ語実習に行ったのですが、スワヒリ語、英語の壁と、日本の医療とのギャップ、現実の厳しさを改めて感じたからです。家で待つ夫の無事も気にかかりました。病院では整形外科、一般外科、小児科、一般内科を見せてもらいました。整形と外科では交通外傷と創感染、巨大皮下膿瘍切除や肢切断事例ばかりでした。小児科では外来受診者の1/3くらい入院してしまい、もともとの栄養障害とマラリアによる貧血等の上に、肺炎、下痢による脱水、sickle cell crisis等も起こして重症化、病棟では1ベットに2-3(親も入れて4-6)入院している状態でした。内科では結核やHIV感染後の日和見感染症(ニューモスチス肺炎、クリプトコッカス髄膜炎が多かったです)のほか、心不全や腎不全の人もいてほっとしたら、原因は極度の貧血だと説明され、リザーバーの酸素や透析の機器が無いのでマネジメントに難渋していました。全科通じて、(低栄養、HIV感染、糖尿病、鎌状赤血球症などで)もともと免疫が万全でない状態の上にさらに病気が重なっている印象でした。
病院にお勤めの人へ、私がタボラ州に行くと行ったら「私もタボラで働いていたよ」という人が3人もいて、「だけど、給料が安くて大変、この国で家族を持っていたら行けないよ。NGOやミッショナリーの人は地方へ行きたがるけど。」と言われて、そうだよなあ…と思いました。案内してくれた医師達も医学生さんも英語が堪能で医学知識は多く、外国(主にインド系)の人も多く、これなら、給料の高い都市部か外国に仕事に行くのも無理ないか…と思わされました。

なかなか、都市部の病院でもこんな状態で、地方のタボラに行ったらどうなるのか…なんて思うと落ち込んだのですが、時間をかけて、向き合い方を見つける、出来ることを探すしかないと思いました。国立病院で出会った、10年以上タンザニア支援を続けている日本からの眼科医療団の方が、「大した手術はできなくていいんだけど、どういう状態でもその手術が出来るようにしていくのが大事」と言われていたのを思い出して、手術に限ったことではなくて、現状で継続して出来ることを見つけて、それを伸ばして行くことだよなと思いました。
教会で、「塩をスープに入れすぎたら辛くなる。少ない量の塩にも、スープ全体を完成させるという役割がある。あなた達は世の中の塩になりなさい。」と聞いたメッセージも心に染みました。教会の聖歌隊の人と一緒にドラムに乗って歌っているうちに、タンザニアの人の明るさに力づけられました。
とはいえ、タボラに行ったら、研修医開始のときと同じくらい(か、以上に)大変だと思うので、また症例で困ったり、すごく凹んだりして、個人的にメッセージすることがあるかもしれません。そのときはよろしくお願いします。最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。


I thank God because we could finish our Swahili course for 3 months in Dar es Salaam. We will move to Tabora next Wednesday. I thank him for I could stay with Salvation Army for 3 months, and could share daily life, such as meals, choir activities in church, school and dispensary visiting…. I could understand how Tanzanians are nice to welcome foreigners. It is still difficult for me to speak Swahili, especially in working situation. The big difference in working condition between Japan and Tanzania also is disturbing me to concentrate on my work. However I believe God will help me if I continue to try to work for him…Singing with the choir also encouraged me to see hope. We are small, but not meaningless, we have some role in the earth, like the story of “Salt on earth”. We’ll keep you in my prayer, our friends in Dar es Salaam. Please pray for us too, for our lives and work in Tabora.

サバンナの絵を買ったら教会へ…こちらでも歌っています。


父の古希の祝いに、タンザニアのサバンナの絵を贈ることになり、ある週末に町中に買いに行きました。梱包と発送が大変だと思ったので、国立博物館のミュージアムショップで絵を買って、発送の代行をお願いする…はずでしたが、なかなか思ったようにはいかず、結局発送するまでに3週間かかりました。その間のやりとりなどで、ショップの店員さんと仲良くなりました。彼女はタンザニアのAOGの教会員だったので、彼女の教会に連れて行ってもらい、懐かしい賛美歌をスワヒリ語で学ぶ機会を得ました。こちらの礼拝は日本に増して賑やかですね。


5月半ばから、寮の目の前の教会で、週3回(!)青年部が行っている賛美歌練習にも参加しています。スワヒリ語の歌の歌詞と意味を書き起こしてもらったり、私が分かるまでゆっくり話してくれたり、タンザニアの人は優しいなあと思います。先週は、礼拝で、一部だけスワヒリ語の賛美歌を歌いました。タンザニアの人の声は、穏やかに歌うと空から降ってくるように優しく、力強く歌うと、大地から沸き上がるようなパワーがあります。スワヒリ語の歌詞の意味を分かって、こちらの人と心を合わせて歌えると、遠くアフリカに来ても、祈りや賛美には通じるものがあると思えて、励まされる気がします。


小学校での出会いと診療所の看護師さん


5月の半ばから、施設内の小学校を夕方に訪問するようになりました。子供達とスワヒリ語でお話するためです。先天性の身体障害のある子、感染症により麻痺やてんかんの後遺症が残った子、そして、タンザニアでは人身売買の被害にあいやすい先天性白皮症(アルビノ)の子が暮しつつ学んでいます。敷地内で子供達は元気に遊び、いつ行っても話しかけてくれます。長期休みに帰省したら、両親の手伝いをしたいそうです。敷地外での生活の色々な困難が思われ、でも今は何も出来ず…いずれ、少しでも子供が楽しく暮す役に立てたら良いなと思いました。

放課後に、小学校付属の診療所に、スワヒリ語の医療用語を知りたくて、顔を出すようになりました。診療所の看護師さんは、初対面のときは、突然来た私を見て不審気で、私は外国人だし、医者だし、あまり歓迎されないのかも…と落ち込みました。その後、診療所への訪問許可をもらいに行った小学校の校長先生が、「この人は救世軍の敷地に住んで勉強して、子供達とも話しているし、教会でも歌っている人だから大丈夫」と彼女に推薦してくれました。それから、看護師さんが笑顔を見せてくれるようになりました。ここのコミュニティの人から信用してもらえたのが、嬉しかったです。その後、この看護師さんには、スワヒリ語の問診や処方の書き方を教えられたり、子供の健康についての勉強会に参加させていただいたりなど、お世話になっています。